VBP的臨床推論

価値に基づいた診療(Values Based Practice: VBP)を学ぶ

EBMはVBPのパートナーPart1〜二本の足の原則〜

 今回は、VBPの10のプロセスの7つ目、二本の足の原則についてご紹介する。

 これは「サイエンスとVBP」というカテゴリーに分類される。二本の足の原則は、「エビデンスを考えるときには、価値も同時に考えよ」というメッセージである。すなわち、エビデンスという足、価値というもう1本の足の双方に重心を置きなさい、という意味である。

 これは当人中心の診療 Part 2の事例で考えると分かりやすい。

 上気道炎症状で一般内科外来を受診した若年男性が抗菌薬の処方を希望するも、医師がエビデンスはないとして対症療法で経過観察の方針を持ちかけたところ、医師・患者関係が破綻した。実は、男性が抗菌薬を希望する背景として、副鼻腔炎への進展の懸念があったものの、忙しい外来のために医師がその患者の価値に到達できなかったという事例である。

 したがって、エビデンスに焦点を当てているときには、価値にも注意を払うという教訓が示される。

 ここで、1つの疑問が生じる。Sakettが提唱したEBMの定義、「研究結果から最も優れた根拠と臨床家としての専門性と患者の価値とを統合すること」と二本の足の原則はどう異なるのか、ということである。

 この違いは当人中人の診療 part1でも論じたように、VBPでは医療者の価値にも注目していることにあると思われる。上記事例で言うと、医師が自身の「感冒には抗菌薬を処方しない」価値に気づき、二本の足の原則を意識することで、当人中心の診療 Part4のようなディスセンサスに到達することができる。ただ、本質的にはEBMとVBPはオーバーラップする部分も多く、その意味で「EBMはVBPの重要なパートナー」として、その密接性が強調されている。

 

 蛇足とはなりますが、第1回 VBP実践ワークショップの参加者のお一人(家庭医の方)から、こんなコメントを頂きました。

「家庭医療学の『患者中心の医療(PCM)』とVBPとは、どう違うんだろうと考えたときに、PCMを議論するときには医療者は、ときに主観を言わない(言えない)透明人間のような存在になることがある。そういう意味ではVBPの医療者の価値を明示する姿勢は新鮮だった。」

 医療者の価値を無視しない、むしろ注目するという姿勢がVBPの特徴の1つと、我々のチームは考えておりますので、大変嬉しいご意見でございました。

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多職種チームワーク

前回までVBPにおける専門職同士の関係性に関わる2つの側面のうちの1つ目、当人の価値中心の医療を4回シリーズでご紹介した。今回は2つの側面の2点目、多職種チームワークを概説する。これはVBPの10のプロセスの6段階目に位置付けられている。

近年、多職種連携(Inter-professional Work: IPW)が注目されている。その背景としては医療の複雑化・高度化により表面化してきた以下の要素が論じられている(文献1)。

 1) 個人で仕事を行うことの限界性

 2) 専門職の縦割りで業務を行うことの限界性

 3)  「患者の疾病」のように、領域を一つに絞って医療を行うことの限界性

IPWとVBPは親和性が高いとされているが、そこには価値が多分に関与している。VBPはバランスのとれた意思決定をゴールとした枠組みであるが、そのためには、多様性のある様々な価値の視点(perspective)からの議論が重要である。異なる価値が存するためには「チームであること」が必要不可欠であり、異なった専門職による役割と背景が目を見張るような異なった価値をその場にもたらすことがある(文献2)。すなわち、異なった専門職が結集することによりチームが有する知識や技術が向上するだけでなく、チームとしての価値のキャパシティーが広がり、チームメンバーの多様な価値を効率的に活用した診療が実現できる。

2016年に日本国内のIPWの専門家らにより、「医療保健福祉分野の多職種連携コンピテンシー」が定められた(文献3)。そのコアドメインの1つとして、職種間コミュニケーションを挙げ、「患者・サービス利用者・家族・コミュニティのために、職種背景が異なることに配慮し、互いに、互いについて、互いから職種としての役割、知識、意見、価値観を伝え合うことかができる。」と説明しているのは、非常に興味深い。

かつては、専門職間の価値の違いは「壁」と称され、IPWが発展しない要因とも考察されていたが、価値が異なることはむしろIPWの強みでもあると言えるかもしれない。そして、言うまでもなく、多職種チームワークはVBPの要である。

そういった背景から、我々のグループが主催しているVBP実践ワークショップでは、模擬多職種カンファをコアコンテンツと定めています。次回は来月の12/7(1枠空いております)、その次は3月に広島で予定しております。ふるってご参加ください。

 

文献1:佐伯知子. IPE (InterProfessional Education) をめぐる経緯と現状, 課題: 医療専門職養成の動向を中心に. 京都大学生涯教育フィールド研究 2:9-19, 2014

文献2:Colombo, A., et al. "Evaluating the influence of implicit models of mental disorder on processes of shared decision making within community-based multi-disciplinary teams." Social science & medicine 56.7 (2003): 1557-1570.

文献3:多職種連携コンテンシー開発チーム. 医療保健福祉分野の多職種連携コンピテンシー . Available from: http://www.hosp.tsukuba.ac.jp/mirai_iryo/pdf/Interprofessional_Competency_in_Japan_ver15.pdf

当人中心の診療のpart4 〜完結編〜

これまで、当人中心の医療について、概論(part 1)価値の対立が生じた事例(part 2)その事例の考察(part 3)を論じできた。今回は総括として、この事例で「もしも、当人の価値中心の診療が実践されていたら」を考えてみたい。

 

根本医師の想い

 "今日の外来は混んでるなぁ。えっと、次の患者さんは、38歳男性、発熱と咽頭痛か。さっき、ちらっと見えたスーツの人かな。Red flagがないことを確認して、対症療法でいけるかな。ここで時間短縮しよう。

 でも、待てよ。もし、さっきのスーツの人だとしたら、これから仕事に行く感じだな。あまり時間はかけられないけど、何か要望があるかもしれないし、ICE-StARは気にしておこう。できれば、抗菌薬処方なしでいきたいけど、まずは、C(Concerns:心配)、E(Expectations:期待)を聞いてみよう。"

 

根本医師と阪井氏の対話

根本医師:「阪井さん、お話を伺って診察した限りでは、のどの風邪だと考えられます。ウイルスが原因なので、数日の経過でご自身の免疫力で自然に治ります。本来であれば安静で様子を見ていただくのが良いのですが、これからお仕事でしょうか?」

阪井氏:「そうなんです。今、忙しくって週末も仕事なんですよ。」

根本医師:「そうですか。お忙しいんですね。あの、感冒という状態ですので、一般的には熱に対して解熱剤をお出しして、それで様子を見ていただくことが多いのですが、それだとご不安でしょうか。他にこんな治療が良いなど、ご希望あられますか?(*)

*注釈:Concerns(心配)とExpectation(期待)を聴取している

阪井氏:「抗生物質を出して頂くことできますか?できるだけ早く治したいんです。」

根本医師:「なるほど。早く治すために抗菌薬が必要とお考えなわけですね。阪井さん、差し支えなければ、抗菌薬を希望されている理由、伺えますか?(*)

*注釈:Idea(考え)を聴取している

阪井氏:「週明けに海外出張があるんです。前に風邪をひいて国際線に乗ったら、ひどい頭痛が出て現地でもずっと調子が悪かったんです。航空副鼻腔炎だったのでは、と同僚に言われました。抗生物質副鼻腔炎予防できますよね?」

根本医師:「そうだったんですね。ならもっと良い方法があります。あの、顔の額や頬の部分に副鼻腔という空洞があります。風邪をひいて、鼻が詰まっているときに飛行機に乗ると、気圧の変化でその空洞の中の圧力が高くなって頭痛が起きるんです。鼻の粘膜の浮腫みをおさえる点鼻薬と内服がその対策に良いと言われていますので、それをお出しする形でいかがでしょうか?点鼻薬は飛行機にのる30分程前に使うと良いです。」

阪井氏:「そうだったんですね。それでお願いします。抗菌薬は効果はないということですか?」

根本医師:「はい。副鼻腔炎への予防的な効果は示されていないんです。あと、恐れ入りますが、阪井さん英語お得意だったりしますか?(*)

*注釈:Strength(強さ)を聴取している

阪井氏:「はい。年に何回も出張します。うちの会社は通訳はいないので、現地での会議も自分たちだけでしますね。」

根本医師:「それはすごいですね。英語なんですが良いサイトがありますので、今、印刷しますね。CDCという米国の機関が出しているYellow BookというページにAir Travelに関する説明が書いています。すいません。今混み合ってるので、ゆっくりご説明はできないのですが、お読みいただければご理解頂けると思います。あと、Googleで航空副鼻腔炎と調べると、航空会社のページで予防法など出ていますので参考にされてください。」

阪井氏:「ご親切にありがとうございます。参考にします。出張も安心して行けそうです。」

根本医師:「先ほどお話した解熱剤は痛み止めの効果もあるので、万が一、機内で痛みが生じた場合には使って頂いて良いです。出張うまくいくと良いですね。お大事されてください。」

 

振り返り

根本医師は診察前の数秒間で、自分自身の価値(抗菌薬はあまり処方したくない)を確認し、阪井氏の価値にも留意することをブリーフィングしている。そして、ICE(いわゆる解釈モデルに近い)としてのIdea(考え)、Concerns(心配)、Expectations(期待)と聞き出すことにより、「航空副鼻腔炎を防ぎたい」という阪井氏の最も重要な想い(価値)を同定し、そしてStAR価値として、阪井氏の英語力というStrength(強み)を引き出しながら、阪井氏と根本医師の価値をすり合わせ、相互理解がなされ、ディスセンサスを得ることができた。

 

「当人の中心の診療」を事例を用いながら4回に分けて解説してきました。ご覧のように、このようなある意味ではありふれた診療風景においても、医学的側面だけでなく、患者の価値は意思決定に大きく影響していることが分かります。さらには、医療者の価値も無関係ではないことにも気付きます。「当人の価値中心の医療における」、当人とは、そのケアに関わる全ての人を指す。

今回は、患者と医師の2者の価値が議論の中心でしたが、次回はVBPの10のプロセスの次の段階、「他職種チームワーク」です。患者・医療チームの各メンバー・患者の家族を含めた価値の議論となるものと思われます。(来週はお休みを頂き、再来週にお届け致します。)