VBP的臨床推論

価値に基づいた診療(Values Based Practice: VBP)を学ぶ

VBPはこれまでの医療とどう異なるか

 VBPを導入すると何が変化するか.読者の皆さんが,VBPと出逢ったときに,これをさらに深く学びたいと思えるかどうかは,おそらくこの問いに対する答えによって決められるのではないかと思われる.現状で,VBPの要点は以下の4つではないかと考えている. 
  1. EBMを補完する現状で最も包括的な枠組み
  2. EBMや臨床決断において議論されてきた患者の価値だけでなく,医療者自身の価値も摺り合わせる必要性
  3. 問題への対処(ネガティブな価値)だけでなく,ポジティブな価値も重視
  4. 患者医師間,多職種間などの様々な価値の摺り合わせにおけるディスセンサス(互いの意見が一致しないことを受容する,落としどころを探るアプローチ)
 1は,EBMを補完する枠組みとして議論されることが多かった臨床倫理やNBM(narrative-based medicine)よりもさらに包括的な議論が可能ではないかと考えられている点である.臨床倫理は,原則的推論によって議論を進めてきたが,各原則に該当する内容間にコンフリクトが生じたときに,それ以上の議論は判例,事例に基づいた議論になっていくだろう.NBMはどちらかというと議論に必要な患者側の情報をどのように拾い上げていくかに焦点が当たっていた印象がある.多職種協働が実践にも少しずつ採り入れられつつある現状において,個々の専門職が持つ権力,患者側が誰に何を話したいと感じるかといった点にまで議論を進める必要があるのだろう.
 2は,医療者側にかなり大きな方針転換を迫るのかもしれない.もちろん,医療者側におけるリソース配分を考える際に,その限界なども踏まえて患者側と臨床上の意思決定を進める必要はあるのだが,その背景における医療者側の価値を一旦表沙汰にしてから意思決定をすべきだということになる.情報を開示しない方が患者の福利にプラスなのではないかといった議論も生じる可能性はあるが,このようなことを考えたことがなかったという医療者にとっては重要な警鐘となるだろう.
 3は,医療の継続性(continuity)などを考えている人たちには自明のことかもしれない.急性期を乗り切れば健康に戻れるような感染症が重きを占めていた時代の医療ではなく,患者側のセルフケアにますます比重が大きくなってきていることにも注意が必要である.そのときに,患者の動機づけ,自己効力感といった要因は非常に重要であり,マイナス要因を一つ一つ潰すといったアプローチに限界が見えてくることが理解されるだろう.
 4は,「結局,患者と医療者は完全に分かり合えることはないのだ」という点を前提に議論を進めた方がよいという考え方である.それは家族など親しい人との間においても,ある意味似通った面がある.どこは医療者側が譲歩し,どこは患者側に譲歩してもらうかという交渉をしつつ,双方が共に「よりよい人生」を歩むためのパートナーシップをしっかり持てることが最良のゴールと言える.