当人中心の診療 part 2 〜価値の対立からディスセンサスへ〜
前回は概論を学びました。
今回と次回、事例を通じて「当人中心の診療」を考えていきます。
根本先生は診療所で勤務する卒後7年目の家庭医。
今日は、学会出張している同期の加地先生の代診で今日は土曜日午前の外来担当。さすがに土曜日の外来は朝から混雑し、高血圧や糖尿病の定期受診、健診精査希望、不登校の中学生、こどもの感冒など。もう20人ほど見ているが、カルテは増えていくばかり。
次に呼び入れることになったのは、
「38歳男性 阪井一博 氏 主訴:発熱と咽頭痛」。
呼び入れると、スーツをビシッと着こなした見るからにデキるビジネスマンの男性が診察室に入ってきた。
現病歴
数日前から咳嗽があり、のどに違和感があった。昨日の朝から体がだるく感じていたが、我慢して仕事をしていた。夕方になり倦怠感が強くなり、帰宅後に熱を測ると39℃の発熱があった。次第に頭痛も生じてきたので、自宅にあった手持ちの解熱剤(アセトアミノフェン)を飲んでなんとか就眠した。朝になり頭痛は軽減したが、のどの痛みが強くなり、発熱も持続しているので来院。
呼吸苦はなし。食欲はないが水分摂取は可能。既往や常用薬アレルギーはなし。
同居家族内では、先週に3歳の娘が発熱、数日で解熱し今は元気。
身体所見
BT 39.4℃, BP 118/58mmHg, HR 98bpm, RR16/min, SpO2 99%, 意識清明
咽頭:口蓋弓に強い発赤を認める
顔面:前額洞・上顎洞の圧痛なし
頚部:後頚リンパ節に小豆大のリンパ節腫脹を複数認め軽度圧痛
呼吸音・心音:ラ音なし, 心雑音なし
腹部:平坦・軟, 肝脾腫なし
四肢:浮腫なし
皮膚:皮疹なし
神経:ジョルト試験陰性
根本医師のアセスメント
ウイルス性咽頭炎で対症療法で良いな。これから仕事に行くんだろうな。解釈モデルを聞きたいところだけど、外来混んでるしな。話し方も理路整然としているしすごく理解も良さそうだ。申し訳ないけど、ここは簡単な説明をして次の診察にうつろう。
根本医師と阪井氏の対話
根本医師:「阪井さん、お話を伺って診察した限りでは、のどの風邪だと考えられます。ウイルスが原因なので、数日の経過でご自身の免疫力で自然に治ります。熱があって体もお辛いでしょうから、解熱剤をお出しします。お仕事もお忙しいかとは思いますが、可能な範囲で安静にして頂いて様子を見られるのが良いと思います。」
阪井氏:「先生、抗生物質は出して頂けないんですか?」
根本医師:「風邪は一般的に原因はウイルスですから、抗菌薬は効果がないと言われていますが.....。」
阪井氏:「それはわかってます。細菌に感染している可能性はゼロですか?」
根本医師:「ゼロとは言い切れませんが、可能性は非常に低いと言われています。」
阪井氏:「でも、少しでも細菌の可能性があるのであれば抗生物質を出して頂きたいです。」
根本医師:「私自身は、風邪で受診をされた方に抗菌薬をあまり処方しないようにしているんです。必要のない抗菌薬を処方することで、耐性菌といって抗菌薬が効きにくい細菌が増えていることが今、問題になっているんです。」
阪井氏「先生の考えも分かりますが、それは私個人には関係のないことじゃないですか?」
根本医師:「あの、阪井さん、差し支えなければ、抗菌薬を希望されている理由を伺ってもいいですか?」
阪井氏:「いえ、あなたには関係のないことです。」
根本医師:「ご気分を悪くしてしまったようで申し訳ありません。もし、強くご希望されるのであれば、抗菌薬も処方しますが?」
阪井氏:「さっきと言ってること違うじゃないですか。こっちが不満を言えば、態度を変えるわけですか。もう結構です。別の病院に行ってきますから。」
わずか5分程度の出来事。阪井氏の去った診察室。呆然とする根本医師。
これは、相互理解がなされずに価値の対立を解消できなかった場面である。この事例を、次回から当人の価値中心の医療という観点から考えていきたい。
前回概説したように、当人とは患者(patient)はもちろんのこと、関係する人々(医師、看護師をはじめとするその他の医療従事者、患者家族など)を指す。それらのあらゆる人の価値に気づき、それを反映する診療を実践することが当人中心の医療である。
さて、この事例には、「誰の」、「どのような」価値が作用していただろうか?
そして、その価値を見出すにはどうしたらよいのだろうか?
読者の皆様にもお考えいただければ幸いです。来週、part 3をお届けいたします。