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VBP的臨床推論

価値に基づいた診療(Values Based Practice: VBP)を学ぶ

当人中心の診療 part 3 〜「当人」の価値を紐解く〜

 今回は、前回の価値の対立が生じた事例について、振り返っていくこととする。

 まず、ここで「価値とは何か?」を再度、確認したい。以前の記事「価値とは何か」でもお伝えしたように、価値とは「各自が最も重要、大切だと思うもの、概念」を指す。そこで、この事例の根本医師(医師)と阪井氏(患者)がそれぞれ何を重視していたかを紐解いて行きたいと思う。

根本医師の価値

 卒後7年目の家庭医である根本医師が、混雑する土曜日の外来を、学会で不在の同期医師の代診を一人で行っているようである。気のすすまない状況に加え、丁寧に診療をしたくても出来ない状態にあり、感情的なゆらぎが生じていたのかもしれない。その中でRed flag signのない若年男性の典型的な上気道炎症例について、根本医師は「時間を掛けずに診療を収束させる症例」と判断していたのかもしれない。すなわち、根本医師の診療上の重要な点(価値)として、「時間を掛けずに外来をこなすこと」が無意識に設定されていた可能性が高い。

 次いで、根本医師自身の医療者としての価値を考えてみる。阪井氏とのやりとりを見ていると、耐性菌という問題を引き合いにだして抗菌薬を処方しないための説得を行っている。抗菌薬や医療資源の適正使用などに想いあり、彼自身が話しているように、「感冒には抗菌薬は処方しない」という診療スタイルに価値を置いている。

 ここで留意すべきなのは、VBPの臨床スキルの1つ、医療者自身の価値への気づきである。根本医師自身が、上記の2つの価値を持っていることを自己認識できているかが一つの大きなポイントである。医療者が自身の価値を認識し、それを適切に患者やその家族と共有することで、相互理解につなげることができる。 

 根本医師が阪井氏の予診票を見た時点で、「自分は今、余分な時間を掛けない外来診療をしようとしている」、そして「自分は感冒に抗菌薬を処方しないというスタイルで、上気道炎と思われる患者さんを診療する」といったいわゆるメタ認知が出来ていれば、阪井氏との外来診療は少し違った雰囲気になったかもしれない。

阪井氏の価値

 仮に、阪井氏が下記のような生活背景を持っているとする。

 38歳男性、会社員。文系の大学を卒業後に一般企業に入社するも、年功序列的な雰囲気に馴染めずに10年前に退社し、大学時代の友人とベンチャー企業を立ち上げた。はじめは経営に苦労したが、得意な英語を生かして、海外の企業との提携を通じて次第に事業を拡大し、ここ数年は軌道に乗り始めた。週明けにさらなる海外展開に向けた大手企業との社運を賭けた重要な会議がシンガポールであり、ここ1ヶ月間はそれに向けて全精力を注いできた。

 昨年に風邪をひいた状態で海外出張に行った際に、飛行機内で強い頭痛が生じた。その後も症状が遷延して、仕事がうまく出来なかったことがあった。そのことを海外経験が豊富な友人に相談したところ「航空副鼻腔炎だったのかもね」と言われたことがある。

 本人と妻(35歳)、娘(3歳)の3人暮らしであり、妻とは今の会社で知りあったが、娘の妊娠後に退社し、その後は専業主婦となった。阪井氏は仕事に忙しく、家に帰っても時差のある海外企業との電話やSkypeでのミーティングに追われ、家族との時間はなかなか持てない。先週、娘が風邪をひいた際にも自分は看病に関われず、妻一人で看ていた。家族には申し訳ない想いでいるが、来週の海外出張後に落ち着いたら家族とゆっくり過ごしたいと考えている。

 よって、阪井氏は、「何としてでもこの症状を早く治したい」、「副鼻腔炎だけにはなりたくない」という価値を持っていることが分かる。

リアルワールドで、どうするか?

 ここで問題は混雑した外来で、この価値をどう引き出すか、である。根本医師が自身の価値に気づいていれば、「自分は抗菌薬を処方しない価値である、ただ、阪井さんの価値はどうだろうか」というように患者の価値に想いをめぐらせることは決して難しいことではない。

 鍵となるのは、やはり、価値を引き出す臨床スキルのICE-StARである。初見の方は、以前の記事「どのようにして患者の価値を聴き出すのか?」をご一読ください。根本医師は、「これから仕事に行くんだろうな」というように、外観から阪井氏の背景を読み取る姿勢は見せている。ここで、ICE-StARの1つの要素だけでも聴取しておきたいところである。例えば、根本医師が解熱剤での経過観察を提示した際に、Concerns(心配)として「この治療方針について、何か心配がありますか?」と一言聞くだけで、海外出張への心配や航空副鼻腔炎への懸念は聴取できたかもしれない。無論、混雑した外来や救急外来などで、Concerns(心配)を聴く時間はないことは十分にあり得る。 

 ただ、根本医師自身の価値への気づきとして、「自分が今、急いで外来をしている。でも阪井さんも忙しそうに見える。少しでもこの方の価値を聴きたい」という俯瞰的な認識を持つことができていれば状況が変わった可能性がある。ときに我々は、「〜する余裕がない」ことと「〜する時間がない」ということを混同する。阪井医師は、Concers(心配)を聴取する物理的な時間がなかったのではなく、ICE-StARを引き出す余裕、もしくはそこから派生する価値を受け止める余裕がなかったのかもしれない。この意味で、価値への気づきは重要なスキルと考えられる。アスリートが試合の重要な局面で何かをつぶやいている光景を見ることがあるが、これに似ている気もする。

 筆者も今、あることに気づきました。一人で盛り上がりかなりの長文になっていますね。今回はここで一旦切り上げ、次回、「もしも、根本医師が『当人たち』価値に気づいていたら」として、当人の価値中心の診療を掘り下げてみたい。