VBP的臨床推論

価値に基づいた診療(Values Based Practice: VBP)を学ぶ

臨床推論入門(二重過程理論:dual process theory)

 今回からは論点を臨床推論(clinical reasoning)に移し、その基本的な理論を学んでいきたい。

 まず、臨床推論における二重過程理論(dual process theory)を概説する。この理論は、直感的なアプローチ(intuitive approach, System1とも呼ばれる)と分析的なアプローチ(analytical approach, System2とも呼ばれる)の2つの異なる性質の推論が相補的に作用することで、適切な意思決定(decision making)が成されることを示す。買い物を例に挙げると分かりやすい。デパートで、ある洋服が目に入り直感的に「欲しい」と思ったとする。しかし、その一方で理性的な考えも生じ、「この値段は妥当だろうか」、「この服は本当に自分に必要だろうか」、「そもそも、なぜ、自分はこの服を気に入ったのだろうか」といったような論理的な分析もなされ、直感と分析を突き合わせて、最終的にこの服を買う、もしくは買わないという意思決定が成される。

 臨床推論の領域では、直感的なアプローチにおいては、すでにネットワーク化された知識や経験に新たな情報を加えながら問題解決がなされるため、熟練者が好む手法とされ前向き推論(forward reasoning)とも言い換えられる。一方、分析的アプローチは仮説演繹法としても説明され、ある時点で想起された診断仮説が全体を説明しうるのか、情報収集をしながら検証を繰り返す手法である。後向き推論(backward reasoning)とも呼ばれ、初学者の思考プロセスに親和性が高いとされる。

 臨床推論は、診断推論(diagnostic reasoning)を中心に議論されることが通例だが、二者は同義ではない。

 臨床推論の定義は「患者の生じた健康問題を明らかにし、どのような対応をすべきか意思決定するために、問題点を予測し、論じること」とされる。

 実臨床においては診断に限らず多くの場面で推論がなされることに気づく。例えば、ある患者に治療介入するかどうか仮説設定を行いながらその適否を検討する思考プロセスも推論である。患者の問題点が明らかとなった段階で治療介入を行うことになるが、その複数の治療選択肢のリスクとベネフィットを鑑みて、どの選択肢を選ぶか、また治療介入のゴール設定を何にするか、など医療者は推論しているわけである。

 次回、この治療・マネジメントを含めた新しい臨床推論モデルをご紹介したい。

 

参考文献

1. Croskerry P. A universal model of diagnostic reasoning. Acad Med. 2009;84(8):1022-8.

2. Elstein AS, et al. Medical problem solving: an analysis of clinical reasoning. Harvard University Press, 1978.

3. Patel VL, et al: Differences between medical students and doctors in memory for clinical cases. Med Educ, 20(1): 3-9, 1986.

4. 大西弘高. The 臨床推論. 南山堂.2012.東京.