VBP的臨床推論

価値に基づいた診療(Values Based Practice: VBP)を学ぶ

VBPとは

 医療の改善,特に個々の患者医師関係において行われる臨床上の意思決定を改善するために,様々な枠組みが提唱されてきた.生命倫理や臨床倫理、EBM(evidence-based medicine)、NBM(narrative-based medicine)、コミュニケーション技法、プロフェッショナリズム、患者安全、臨床推論などは,いずれも臨床上の意思決定に関連した内容である.

 EBMは,これらの枠組みの中で,最も科学的に妥当性が高く,逆にエビデンスで議論がなされると抗弁が難しいという印象がある.専門分化された医療との相性も悪くなく、今や様々な疾患、診療場面においてガイドラインが出されるなどの進化を遂げている。

 他方、患者側と合意し、臨床上の意思決定に至るという場面においては、EBMは、科学的見地から最も妥当な推奨案を示すことはできるが、その推奨案を患者側が納得しない場合、あるいは行動に移せない場合には対応に困ることも多い。例えば、認知症で嚥下能力が低下し、食事の経口摂取が不十分という場合、胃瘻造設しても生命予後、機能予後は改善しないというエビデンスはある。それでも家族が「出来る限り介護していくので、胃瘻造設したい」と言われたらどうすればよいのだろうか。

 これまで、こういった事例に対しては、家族によるナラティブへの傾聴、あるいは臨床倫理の4分割表といった方法が用いられてきた。これらの方法は、医療者側が患者側の情報をさらに膨らませ、どこに医療者側の葛藤があるのかを整理するためには有用である。しかし、「では、この事例では胃瘻造設しますか?しませんか?」という問いに答えるには何かが足りないままであった。

 VBP(values-based practice:価値に基づく診療)は、このような問いに対し、より明確な答えを得るための新たな方法論である。VBPは、NBM、臨床倫理やプロフェッショナリズムといった分野を包含し、コミュニケーション技法を重要なスキルとして位置づけ、治療やマネジメントに関する臨床推論にも適応可能である。また、EBMを重要なパートナーとし、VBPはその補完的な方法論に位置づけている。

 EBMの枠組みでも価値という用語は出てくる。しかし、VBPの枠組みでは価値という用語が様々な思想・哲学的基盤から見直され、再定義される。特に、患者側の価値だけでなく、医療者側の価値を考慮することが重視されており、プロフェッショナリズムの複雑さを再認識し、臨床上の意思決定にどのように影響しているかが理解しやすくなる。

 医療者側の価値とは,例えば医療や介護にまつわる保険制度,人的資源や時間における様々な制限,予後やその後のQOLの変化の予測,雇用されている施設での考え方などに及ぶ.こういった背景なしにエビデンスだけで意思決定することができないと考える医療者が多いはずだが,患者側との意思決定においてこういった情報をどれだけ共有すべきかといった議論は十分ではなかったかもしれない.

 VBPは,EBMと組み合わせて臨床上の意思決定を最適化するためのツールの集合体といったイメージである.大きな枠組みは訳書「価値に基づく診療」で示されたが,これを実際にどのように運用すればよいのか,これを教育し,現場の改善につなげるにはどうすべきなのかといった課題について,是非このブログで深めていきたいと考えている.