VBP的臨床推論

価値に基づいた診療(Values Based Practice: VBP)を学ぶ

EBMはVBPのパートナーPart2 〜軋む車輪の原則〜

今回は、VBPの10のプロセスの8つ目、軋む車輪の原則を解説する。これは前回の二本の足の原則と対(ペア)になる考え方である。

 二本の足の原則は、「エビデンスを考えるときには、価値も同時に考えよ」という意味であったが、これに対して、軋む車輪の原則は、「価値に注意を払っているときにも、エビデンスを忘れてはいけない」というメッセージを発している。

 「軋む車輪」は、日本人には中々馴染めない言い回しであるが、英語のことわざに由来する。The squeaky wheel that gets the grease(軋む車輪には油をさされる)は、「自己主張をすることで周囲からの注意を引きつけることができる」、ということを意味する。

 すなわち、ヘルスケアにおいて、価値ばかりが音を立てて周囲の注目を集めているときには、医学的な事項(エビデンス)から目が離れてしまうリスクがあるということを指摘している。ときに、患者の心理社会的側面や倫理的観点に議論が集中しているときに、肝心な医学的側面の評価が十分になされていないということはしばしば経験される。

 これは家庭医療学において、生物心理社会モデル(Biopsychosocial Model: BPS model)が重要視される背景とも関連すると考えられる。昨今話題となっている「見なし末期」も同様の枠組みの中で議論できるかもしれない。「本人の意志」、「家族の希望」、「乏しい社会資源」などが過度に前面に立つことで、医学的評価が忘れ去られるということに歯止めをかけるのが軋む車輪の原則であろう。

 価値という多様性、複雑性、不確実性の高い事柄にアプローチする際には、生物学的・医学的な考察とのバランスが殊に重要であることは容易に理解できる。いずれにしても、やはり、EBMはVBPの重要なパートナーであると言えるのは間違いない。

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満員御礼:第2回 価値に基づく診療(Values-based practice)実践ワークショップ参加者募集終了のお知らせ

 

第2回 価値に基づく診療(Values-based practice)実践ワークショップは、お陰様を持ちまして、参加希望が定員に達しましたので、募集を終了させて頂きました。

多数のご応募誠にありがとうございました。

 

第3回ワークショップは平成29年3月2日〜3日の第9回日本医療教授システム学会総会との共催での企画を準備しております。今年最も熱い広島での開催となります!

http://jsish.jp/mtg/program/

詳細決まり次第こちらのブログとFBにてご案内申し上げます。

今回、参加頂けなかった皆様におかれましては、こちらのブログをチェック頂くか、Facebook pageを「いいね」頂くと、募集案内された際にスムーズにお知らせが届くかと存じます。

 

お陰様を持ちまして本ブログはこれまでに5000を超えるアクセスを頂いております。

今後も皆様とともにVBPを学んで行ければと考えております。

EBMはVBPのパートナーPart1〜二本の足の原則〜

 今回は、VBPの10のプロセスの7つ目、二本の足の原則についてご紹介する。

 これは「サイエンスとVBP」というカテゴリーに分類される。二本の足の原則は、「エビデンスを考えるときには、価値も同時に考えよ」というメッセージである。すなわち、エビデンスという足、価値というもう1本の足の双方に重心を置きなさい、という意味である。

 これは当人中心の診療 Part 2の事例で考えると分かりやすい。

 上気道炎症状で一般内科外来を受診した若年男性が抗菌薬の処方を希望するも、医師がエビデンスはないとして対症療法で経過観察の方針を持ちかけたところ、医師・患者関係が破綻した。実は、男性が抗菌薬を希望する背景として、副鼻腔炎への進展の懸念があったものの、忙しい外来のために医師がその患者の価値に到達できなかったという事例である。

 したがって、エビデンスに焦点を当てているときには、価値にも注意を払うという教訓が示される。

 ここで、1つの疑問が生じる。Sakettが提唱したEBMの定義、「研究結果から最も優れた根拠と臨床家としての専門性と患者の価値とを統合すること」と二本の足の原則はどう異なるのか、ということである。

 この違いは当人中人の診療 part1でも論じたように、VBPでは医療者の価値にも注目していることにあると思われる。上記事例で言うと、医師が自身の「感冒には抗菌薬を処方しない」価値に気づき、二本の足の原則を意識することで、当人中心の診療 Part4のようなディスセンサスに到達することができる。ただ、本質的にはEBMとVBPはオーバーラップする部分も多く、その意味で「EBMはVBPの重要なパートナー」として、その密接性が強調されている。

 

 蛇足とはなりますが、第1回 VBP実践ワークショップの参加者のお一人(家庭医の方)から、こんなコメントを頂きました。

「家庭医療学の『患者中心の医療(PCM)』とVBPとは、どう違うんだろうと考えたときに、PCMを議論するときには医療者は、ときに主観を言わない(言えない)透明人間のような存在になることがある。そういう意味ではVBPの医療者の価値を明示する姿勢は新鮮だった。」

 医療者の価値を無視しない、むしろ注目するという姿勢がVBPの特徴の1つと、我々のチームは考えておりますので、大変嬉しいご意見でございました。

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